Skarocksteady Soundsystem

音楽と写真と暮らす毎日

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2015年11月までの総括 

2014年6月6日 雄別炭鉱
雄別
雄別に咲いた。
探索は奥からという暗黙の了解のもと、樹海深部へ吸い込まれていった。
肥料の臭いをかぐと僕はこの地のことを思い出すだろう。
キナ臭い噂が多いこの地ではあるが、やがてそんな噂話も時間とともに風化する。
気になることが一つだけ
赤い傘の女の子はどこへ行った。







2014年6月25日夕張松島坑、夕張大新坑
2014年9月3日 朝日炭鉱、英橋
朝日
6月にして熱射病の危険を感じてしまったこの夏、3か月の静養期間をとり
秋に再開となった。しかし太陽は残酷で直前に塩分を摂りすぎた体を襲う
昼ごろいい大人2名鄙びた公園で遊具に体を預ける
坑口から湧き出す水は緑色に濁り深く、長靴のすりきりいっぱいまで迫った。





2014年9月15日 朝日炭鉱、三笠弥生 夕張清水沢
朝日炭鉱
朝日炭鉱リベンジ。
探索を終えヘッドライト装着のまま藪から出てきた僕の前には幸せそうな家族がいた。
DEEP夕張への挑戦は終わらない。廃校の跡地に残る残骸。先生が子供たちに伝えたかったものは
なんだったのだろうか。

廃屋にて。
工事の受注が入らないまま雑誌を読みふけっていた男は
いつの日か諦め
この家を出たまま戻ることはなかった。
迷いこみたどり着いたその場所の事を
黄泉とよんだ。







2014年9月20日 沼東小学校 赤平炭鉱立坑 地下無重力実験センター
2014年10月15日 上ノ国中外鉱業
上ノ国
赤平市が誇る祭りに参加。
隣にはヘルメットによる頭痛を訴える男がいた。
そして上砂川中央立坑からも水があふれている。
まさか立坑直下の穴の底からではあるまいな。

上ノ国奥地の残滓の山を登ると廃墟マニア垂涎の有名な光景が目の前に広がった。
ためしに僕は残滓を掘ってみたら、大量のカメムシがでてきた。
そのあと謎の歯痛に襲われしばらく痛かったが、
構わずマシンガンのように話しかける男。
痛みは離岸流とともに去って行った。




2014年11月12日 尺別炭鉱 庶路炭鉱 本岐炭鉱
尺別
この頃からだった、ヤマにはいるとおなかが痛くなる。
穴、空間、渡渉、そして登り
暗闇になるまで帰らない。
さんざんご当地グルメを食べつくし、
帰りの運転がない日はビールを飲んで帰るという体たらく。








尺浦
挙句の果てにはご当地の店に合わせて探索を巻くという本末転倒な日も。
道東の弁当屋ではお願いしてお願いしてもらってオリジナル弁当を作ってもらっている。
サイレン、愛国者、トンネルの装飾、ゴミ方六、楽しみが満載だ。









2015年1月3日 日浦隧道 滝ノ沢トンネル
滝ノ沢トンネル
松の内、禁断の隧道へ。
門番はいなかったが、隧道を通り抜ける風の咆哮と玉砂利を洗う水の叫びに恐怖する。
そして年始から騒ぎ、海炭市でB級グルメを食べつくす。
そして2週間後プライベートでこの地に舞い戻り
B級グルメを食べつくす。






2015年4月16日 層雲峡小函遊歩道
2015年5月16日 雄別炭鉱、鎌倉ハムクラウン商会
001_2015110317034115e.jpg
獣の死体が転がる廃道へ我も挑まん。
愛山渓には私たちが相談に行きます。
ロックサイドに聳え立つ廃墟群、滝が凍ると髑髏の形になるという柱状節理の
回廊へ。
夢中で撮影した後、気がついたら辺りは真っ暗
なるほど断崖絶壁には髑髏が現れていた。


そして道東へ。
地方の古いしきたり、ヤクザに脅されていた会社。
集合住宅に残ったのは変なにおいと
黒猫だけだった。






2015年6月24日 昭和炭鉱
昭和
昭和炭鉱へ。
Skarockの人事異動もあり、あえて先延ばしにしていた隧道マーケットへ足を踏み入れた。
廃墟道へすすむきっかけとなったこの場所。15年秘めた思いが実現した。
未明まで雨が降っており大量のヤブカが発生していた。
蟲使いの如く大量に引き連れて炭鉱跡地までの道のりを
歩いた結果、刺されまくって
顔と拳がパンパンに腫れ上がってしまった。
古地図を片手にたどり着いたそこには
超音波を操る住民が久しぶりの客を熱烈に出迎えてくれた。






2015年7月17日 朱鞠内湖 深名線跡
大沼
大沼国定公園
中国人が裂きイカを爆買いしていた。
景色も撮るがアップする場所を見つけられていない。
恩返しツアーという名目のもと各地の綺麗な写真、名所などを回る。
しかしこの数か月後には探索武装でこの地の廃墟に訪れた。









2015年7月28日 タウシュベツ橋梁
大成
この頃はデジタル一眼レフの面白い使い方を模索していた。
タウシュベツでは
ゲートのカギを営林署に借り、ゲートを開けて少し入ったらヒグマの糞が転がっていた。
タウシュベツには若手写真家達が集っていて、やはり観光地だなという
印象。そしてここの蜂は攻撃的でしつこいので注意。
ご当地グルメで有名なカレー屋は具材を
レンジでチンしていた。







2015年8月30日 天華園
厚田
石狩厚田にてバイクのヤンキーたちを横に
星の撮影をする。
写った建物にやや因縁を感じるが、どこにもアップできないでいます。
天華園に入園前に仮眠をとった場所にあった公衆便所は
後で知ったが自殺があった便所だった。







2015年9月17日 知床探訪
知床
誰が呼んだか「泊まれる廃墟」と呼ばれていた廃旅館
知床峠の入り口に位置しており、ものすごい存在感があった。
雨の二日間となったが、世界遺産には虹がかかっていた。
虹の根元を探して走った先にはセイコーマートがあり、
とりあえず焼きラーメンを食す。






幣舞橋
釧路ではひとり、にわか写真家が幣舞橋を激写する。
このあと帯広に着き繁華街をうろついたが
どの店もやっていなかった。失意のまま、日勝峠手前で仮眠をとり
夜中に起きて撮影の予定だったが、起きたら朝だった。







2015年10月4日 道南廃ラブホテル三昧
山荘前
写真は積丹の廃山荘に続く、廃ロープウェイ乗り場。
車のナビにはこういった地点登録が数多くされており、
人に聞かれたとき説明は困難を極める。













2015年10月21日 函館山
函館山
ふらっと海炭市へ。夜中12時に函館山に到着し、僕を待ち受けていたのは定年後アマチュアカメラマンになった
知らないオジサマ。気温1度の中、朝の4時近くまで僕の横で散々カメラ談義をし、気分よく家に帰って行った。
彼は写真歴3年。僕は17年。
そんなことは言えず、日本人らしく感嘆の相槌をうちながら聞いていた。
長時間露光した彼の夜景の写真は確かに名作だった。

僕のメモリには先日撮った廃ラブホテルの写真がびっしり入っていた。





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